東京の下町で、私たち健和会が地域医療をはじめて56年になります。健和会の前進である、柳栄会(足立区)と友和会(葛飾区)が各々、地元の人々の力で診療所を作り、文字通り手作りの医療を始めたのが56年前ですから、おおよそ、半世紀にわたる活動になります。
戦後の混乱期、国民皆保険制度の無い時代から、切実な要求を持つ地域の人たちとその呼びかけに応えて参加した先人たちが力を合わせて、多くの困難を乗り越えてつくりあげてきた歴史こそ私たちの原点です。私たちはこの歴史にかけがえのない誇りをもっています。
現在、健和会は、東京の下町(足立区、葛飾区、墨田区)と埼玉県三郷市に、3つの病院と8つの診療所、11ヶ所の訪問看護ステーション、2つの研究所を持ち、常勤・非常勤合わせて1,080人の職員からなる特定医療法人として活動しています。差額ベッドのない病院医療、30,000人に及ぶ共同組織(友の会)に象徴されるように、「無差別・平等の共同の医療」を目標に実践してきました。
地域の人々の要求に応え、まず実践を始め、その積み重ねを踏まえて問題提起と行政への政策提言を行い、普遍化を図ることを重視してきました。
「寝たきり老人実態調査」から訪問看護、在宅医療に取り組んだ実績は、「訪問看護ステーション」の制度化の一助になったものと思います。大学闘争を経験した青年医師が、地域医療こそ初期研修、臨床医養成の場にふさわしいという確信をもって、当時まだ40床しかなかった柳原病院に入職、患者さんや看護婦さんから学びながら文字通り手づくりの研修をはじめました。
この過程で、地域医療の中にこそ、大学や既存の大きな病院では学べない、臨床医養成にとって大切な宝があることを、医学雑誌や著作を通じて発言しました。
この問題提起は、全国の同じ思いを持つ医師、医学教育にかかわる先生方の思いと重なり、臨床研修指定病院の資格条件の改定、地域医療を重視した現在の臨床研修制度につながったものと思います。
また、私たちは、日常の実践に基づく研究、著作活動も重視し、現在までに2つの研究所をもち活動してきました。看護実践にねざした看護学の研究と技術の探求・体系化を目的につくられた「臨床看護学研究所」(川島みどり所長)は、23年に及ぶ活動を通じて、わが国の臨床看護の発展と看護師の養成に大きな役割をはたしてきました。 さらに臨床疫学研究所(初代所長上林茂暢、現在藤井博之)も著作活動を行い、本年は新たに「看護介護政策研究所」(所長 宮崎和加子)を開設する予定でおります。
とは言え、まだまだ道半ば、現実は多くの紆余曲折と困難にみちています。「志しを決して忘れるな」とは、在野で一貫して日本の医療・福祉の問題に取り組み、多くの貴重な著作を著し、現在も研究会をつうじて指導いただいている川上武先生(健和会顧問)の言葉です。
また、昨年亡くなられた佐久総合病院の若月俊一先生の「農民と共に」の精神は、私たちの活動の合言葉「下町に佐久を」の原点でもあります。
アメリカの市場原理主義が問題を引き起こし、格差社会と地域の崩壊をひきおこし、内外で反撃にあっています。国民皆保険制度を蹂躙する動きもあります。対米追随のイラク戦争加担、自衛隊海外派兵が進められ、誇るべき憲法9条を否定する動きもあります。広い世界観と歴史認識を持ち、地域の現場から変革と創造の精神をもって今後も取り組んでいく決意でおります。
皆様のご支援、ご協力にあらためて感謝申し上げるとともに倍旧のご鞭撻をお願いいたします。同時に、医療と福祉の分野で活動されようとする有意の皆さんに、共にやりがいある活動に参加されることをこころからよびかけるものです。
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